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2013年3月17日 - 2013年3月23日

2013年3月20日 (水)

遷宮(3)姫の鬼門

叔母が金曜日に退院予定で、その準備のため再び伊勢へ。

退院後のこと・・・現居宅では構造的にも、老朽化した設備的にも、高齢者の一人暮らしは無理。叔母の大切なものを探す際も、

「このミイラ化したもの何?」 
「これ、いつの”液体”?」
「何?この”粒粒”したものは!?」
「何、この箱?」→「あ、開けない方が・・・」→「キャーー!」

ある意味スリルとサスペンスを味わうことになり、衛生面でもNG

居宅は何とかならないほどなのだ。しかし、叔母の行動が一番危険なのである。
叔母は倒れたと思われる日の前、ボッコボコの愛車を車検に出していた(危険運転のドライバーに免許を認めるなんて、大丈夫か三重県!)。車検見積書を偶然にも発見していなければ、愛車は行方不明のままだった。

病室で「車の運転はできないよ」 ⇒ 「(左肩を骨折したので)私、右手だけで運転できますの。」 ⇒ 右ハンドルのマニュアル車なのに、どうやって、ギア入れるんじゃい!

その他にも、不安要素はいっぱい。まずは生命の安全を確保するため、居宅近くに空きのあったホームへの入居を、叔母の意思確認抜きで進めていた。ホームは、スタッフの応対、場所、費用、サービスが、私達にとっては好都合で、何か、縁のようなものも感じるくらい。

入居前にホームの方と叔母と面談することになり、その前にホームへ移る説明をしなくてはならない。これには弟である父に説得してもらうのが一番と考え、先週、父と私で叔母を見舞う。

「主治医の先生、私のために新しく考えた方法で、血を一滴も流さず手術してくれた。私、手術の様子を全部見てましたの。」

そりゃ、すごい。眠りながら見てたんだね。

しかし、若い主治医をスーパードクターと思い込むことを利用しない手はない。

「早く家へ戻りたい」という叔母に、「そんなスゴイ先生なら、言うこと聞いていれば間違いないね。実は、退院後のこと、先生に相談したら・・・手術が成功しても完全じゃないから、リハビリ療養が絶対必要なんだって。先生が推薦する場所が伊勢にあるから、そこでリハビリ頑張ってみない?」と。 スーパードクターがそう言うなら・・・と、まんざらでもない。

上手く誘導できたようなので、ホームの方、ケアマネさん、社会福祉士さんを交え、従姉に後日の入居前の面談立会いをお願いした。

面談の日。立ち会ってくれた従姉から、暗雲立ち込める一通のメール。

リハビリ断固拒否。ホームのある場所は、自分にとって鬼門だと・・・。」

はははははははは!笑うしかない。一筋縄ではいかないものである。

そんな伯母、今日も「大きな声じゃ言えないが、ここには「族」がいて、もう何人も斬られた。私も注射で眠らされそうになったから、力づくで注射取り上げてやった!」と、エンドレスの武勇伝を語る(汗)。

つづく。

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2013年3月18日 (月)

遷宮(2)姫、ご乱心!?

皆さん、ご心配かけてすみません!
叔母のその後について、私の備忘録も兼ね、順を追って書いて行こうと思っていたのですが、結論から書いちゃいます。貴重品類は見つかり、骨折の手術も終わり元気。ただ、現在、「一人では生活しない環境に身を置いてもらう」方向で動いています。実は、これが、一番の試練。表現は乱暴かもしれないけど、身内に対して、愛情を持って書いてますので、よかったら読んでいってくださいね!

入院時から、医者は伯母の痴呆を疑っていた。しかし、親類は、皆、「伯母は普段から不思議な発言をする人」と思っている。

例えば・・・・、

病院にいるのに「隣りの市に行っていた」と話す → 父曰く、もっと若い頃から「私は瞬間移動できる」と言っていたらしい。私も瞬間移動してみたい。 

自分を高貴な出だと疑わないため「宮家から、いつでも戻って来いと言われるんだけどねぇ。」 一体、どこの宮家だ・・・?

「伯母さん、昔から、何万人に一人と言われるAでもないBでもない特殊な血液型て言ってたけど、手術大丈夫?」 → 姉よ、真剣に悩むな。検査結果でありふれたB型と判明してるので。

入院時の問診票を代筆するように頼まれた従姉が言う。「伯母さん、今でも生理があるっていうのよ。」→ 医学的にはあり得なくても、伯母的にはあり得るのだろう。

てな具合なのだ。少々不思議なこと言われたって、驚きませんよ。

しかし、体力が回復し、おしゃべりも絶好調になってくると、やはり、いつもの思い込みとは明らかに違う妄想が。人生初の入院で、見るもの聞くものが伯母の妄想を掻き立ているんじゃないかと。入院や手術で目覚めると、妄想を口にする人はいると聞くし。

決定打は、義兄と見舞った姉を、「父のお嫁さん」と言った。どっかーん!伯母の前に、20数年前に亡くなった私の母が出てきたか~。じゃぁ、一緒にいた義兄は、誰よ・・・。

最終的には父の判断となった。ここ最近の話しぶりと比べどうかな?と聞くと、「夢の中にいるんだなぁ~」と、悲しそう。

実は、入院当初から退院を早くするよう病院から迫られている。いろんなことを短期間で決めたり、各手続きを、従兄姉達と手分けしながらも、皆、日常の生活も続けなくてはいけない。だが、伯母を、どう見て行けば良いのか、皆が途方にくれている。

伯母にとって一番近い関係にあるのは実弟である父。危険な伯母の面倒を見始めたら、父が倒れてしまうのは目に見えている。私の姉や兄は遠方にいるし、無責任に「父と一緒に私がみます」とも言えず・・・、その不甲斐なさに、泣くしかない・・・。

つづく。

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2013年3月17日 (日)

遷宮(1) それは突然に・・・

皆さん、お久しぶりです。なかなか皆さんのブログにコメント残せませんが、お邪魔させていただいていますよ~。

さて、そろそろブログが書けなかった事情を書いてみようかと。書くことで、「そんな風に書く人なの?」と非難を受けるかもしれないが、あえて私らしく書いてみたい。

2月末日、父から一本の電話。「**ちゃん(従姉)から電話があって、伊勢の伯母さんが骨折で救急搬送されたらしいが、状況がよく分からん。
一人で病院へ行ってくるという父だが、不安だから私に電話してきたのだろう。もちろん私も一緒に行くよ。

先に来て医師の説明を受けていた従姉達と合流。「本人は5日くらい前に骨折したと言っているが、骨の様子を見ると、もっと前のように思える。32度という低体温と、肩の骨が折れ外れている。体力は回復しつつあるが、あと4,5日遅ければ・・・。手術すれば云々、手術しなければ、云々。」と言われたらしい。

また、医師の話では、「痴呆があるのでは?」と。

伯母は、昔から我々が理解不能な発言を、当たり前のようにしてきた人。医師の「話す内容がオカシイ」という言葉を、親族一同がスルー(笑)。今までに右肩と肋骨を骨折した(らしい)のに、医者にも行かず、自力で治したと豪語する人だ。今回も、自分で何とかしようとしたに違いない、そのことの方が危険なのだ!

とりあえず伯母が目覚めるまで、皆で家へ行ってみることにした。

玄関で「あれ、今、ドアの鍵回さずに開いた気がしたけど?」という父。皆、不安げに中へ入る。とにかく貴重品類を探そうと、モノを捨てられない伯母の居宅で捜索開始。各所にトラップのようにカバン類が置いてあるも、無い、無い、無い、・・・鍵や免許証や、財布やらが・・・。そのうち「モノが山積みになっているのは予測できたが、なんか、荒れてない?」と誰かが言い出す。とりあえず伯母に会いに行こうと、病院を再訪。

目覚めた伯母は、顔が腫れ、別人のよう(泣)。声は小さいものの、会話はできるので、刺激しない程度に「大事なものが入ったカバンはどうしたか覚えている~?保険証とか必要だし。」と聞くと、搬送された時のことは、よく覚えてないという。

しかし最近使っているバッグの色と、場所を話す。う~ん、それっぽいものはあったのだが、中身は・・・・。

とりあえず、伯母の回復を待ち、父と私とで2日後の平日に、病院を再訪することにした。

これは、私と親族に与えられた試練の単なる序章に過ぎない・・・。
伯母が倒れたと思われる前日に、伯母の記事をブログで書いたところだっただけに、何か、SOSを送られていたような気がしてならないのだ。

猫の記事じゃないので、猫ブログポチっは、当分下げさせていただきます。

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